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妄想書き溜め用。
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前略、クラスメイトのS君へ。
お元気でしょうか。僕はとても元気です。
君の「自殺しそうな顔してるね」という言葉のお蔭で
僕は死ねなくなりました。



小さな教室の片隅、誰のものでもない机がひっそりと置かれていた。
いや、誰かのものではあるらしいが、誰もその所有者を知らないのだ。
数が余っている、と物置に仕舞えど、他クラスに譲れど、
その机は必ずその場所へ戻ってくる。
ここにもいますよ、名簿にあるでしょう、と言わんばかりに。

2-A 榧崎かをる

名前はあれど、誰も姿を知らない。
毎年この教室の名簿に、必ずその名前と座席の位置は書き込まれているのに。
誰も知らない。しかし誰も気にしない。
気が向いた誰かがおふざけでやっているうち、
何となく守り継がれてしまった学校の伝統みたいなもの。
机とその主の存在はその程度であった。

榧崎は椅子に座り、何を見るわけもなく、前を向いていた。
どこからか声がした。自殺しそうな顔してるね、と。
いつの記憶だろう。あの笑う声が聞こえる。
自殺しそうな顔。自殺しそうな顔。輪唱は続く。
そのうち声は重なり、ぼやけた不協和音に成り果てても、鳴り止まない。
いつまでも榧崎の命を生に縛りつけ、殺すことを許さない。
死ねない。終われない。自分を終えることは許されない。

誰とも知らぬ自殺に世間は嘆き、その者の意思の弱さを責め、
時に嘲笑い、時に脚色を加えた悲劇をこしらえる。
けれど、生きていても誰も褒めはしない。
当然は見過ごされる。呼吸し続ける努力は報われない。
こんなに必死なのに。

意地を張ったばかりに、死ねずに生き続けてしまったことは、
榧崎にとっては報われぬ不幸だった。
生きていても誰かを見返せるわけではない。他人の生など皆無関心だ。
もう死んでしまいたい。終わらせたい。
けれどあの笑い声が聞こえる……



君のかけてくれた言葉のお蔭で、僕は生き永らえました。
君の言葉が包丁を止め、車を跳ね返し、滝壺に救いの手を伸べました。
馬鹿なことをと思うでしょう。
言葉ごとき気にして。死んでしまえば楽なのに。と。
僕も同感です。虚栄心というのは実にくだらない。
なのに逆らうことが出来なかった。
僕は負けん気が無駄に強かったので。

ですが、君がこの世を去った今、
僕の自死を笑うものはもういないのですね。



ある日、教室の片隅の机が消えた。
その代わりに、そこにはくたびれた上履きが転がっていた。
思い入れもなく忘れ残された、亡霊のようなボロ靴が、そこに。

2-A 佐武茂

踵の潰れたその靴は、誰のものでもなかった。
名前に聞き覚えがあるという生徒は何人かいた。
どこかで聞いた、どこかで見た、しかしどうでもいい名前だった。
ゴミ箱に上履きが捨てられて後、榧崎の机は、
事切れたように、二度と現れなかった。





虚栄
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